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アクセシビリティ設計に関する記録

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アクセシビリティ×ヒスピタリティ

アクセシビリティとホスピタリティー

――基本設計と付加価値

アクセシビリティをテーマとした研修を行った際のことです。担当者から「私たちもホスピタリティー研修などを受け、実際にさまざまな方に喜んでもらえる運営体制を敷いています」という発言がありました。アクセシビリティについて説明を求められた場面での応答として語られたこの言葉には、「ホスピタリティーを充実させることが、そのままアクセシビリティの実現につながる」という前提が透けて見えました。

この発言自体は、決して的外れなものではありません。ホスピタリティー研修に取り組む姿勢そのものは、来場者への配慮として評価されるべきものです。しかし、それをアクセシビリティへの取り組みの説明として提示してしまう点に、両者の混同が表れています。これは特殊な誤解ではなく、文化芸術に関わる現場でもありえる混同かもしれません。どちらも「来場者にとってよい体験をつくる」という同じ方向を向いているように見えるため、意識的に分けて説明されない限り、自然に一つの概念として溶け合ってしまいます。

しかし、この2つを区別せずに運用すると、施設が本来果たすべき役割の順序を見誤ることになります。本稿では、この2つの概念がどのような性質の違いを持ち、なぜ混同されやすく、公立文化施設においてなぜ特に重要な意味を持つのかを整理します。

2つの言葉の性質

アクセシビリティとは、「そもそもその場に参加できるか、利用できるか」という権利・基盤に関わる概念です。車椅子で会場に入れるか。舞台の内容が視覚以外の方法でも伝わるか。案内表示が多様な認知特性を持つ人にとって読み取れるものになっているか。これらが欠けている場合に起きるのは、体験の質の低下ではなく、参加そのものの不可能化です。ゆえにアクセシビリティは義務的性格を強く帯び、法制度による裏づけも伴います。

一方、ホスピタリティーとは、「その場にいる時間がどれだけ心地よいものになるか」という質・体験に関わる概念です。笑顔での接客、気の利いた声かけ、相手の状況を汲み取った臨機応変な対応がこれにあたります。これらが優れていれば満足度は上がりますが、欠けていたとしても参加そのものが妨げられるわけではありません。ホスピタリティーは、成立している基盤の上に加えられる付加価値です。

両者は同じ「よい体験」というゴールを共有しながら、まったく異なる階層に属しています。アクセシビリティは「そもそも土俵に立てるか」という前提であり、ホスピタリティーは「その土俵の上でどれだけよい体験になるか」という上乗せです。この順序が入れ替わることはありません。

混同が起こる2つの要因

要因1:行為として連続しているために生じる誤認
車椅子の来場者に声をかけ、スロープまで案内する場面を考えてみましょう。この行為は一見、ホスピタリティーの一環のように見えます。しかし本質的な部分は、そのスロープが「そもそも存在しているかどうか」というアクセシビリティの問題であり、声かけの丁寧さはその上に成立するホスピタリティーの部分にすぎません。行為として連続しているため、概念としての切れ目が現場では見えにくくなります。

要因2:「おもてなし」という価値観による回収
日本語の「おもてなし」は、接客文化の誇りとして語られることが多く、「手厚い対応こそが最高のサービスである」という価値観と強く結びついています。そのため、アクセシビリティへの配慮という行為が、無意識のうちに「特別に手厚いおもてなしをする」という枠組みに回収されやすくなります。

この回収には見過ごせない副作用があります。「手厚いおもてなし」という枠組みで捉えられたアクセシビリティは、余裕があるときにのみ実施される特別対応という位置づけに転じてしまいます。人手が不足する日、繁忙期、予算の厳しい年度――そうした余裕のない局面で真っ先に切り捨てられる対象になるということです。これは、アクセシビリティが本来持つべき義務的性格と正面から矛盾します。

公立文化施設における意味

この整理は、あらゆる施設に共通するものですが、公立文化施設においては特に重い意味を持ちます。公立文化施設の設置目的そのものが、「誰もが文化芸術に触れる機会を保障すること」にあるためです。これは民間施設のように、経営判断としてサービスの手厚さを選択できる性質のものではありません。

アクセシビリティが欠けている状態は、単なるサービスの質の不足ではなく、施設が本来果たすべき役割そのものが果たされていない状態を意味します。したがって、「ホスピタリティーを充実させれば、結果的にアクセシブルな施設になる」という発想の順序は、まず解体される必要があります。順序は逆であり、アクセシビリティという土台があって初めて、その上でホスピタリティーが機能します。土台を欠いたまま積み上げられたホスピタリティーは、一部の来場者にしか届かない、「おもてなし」にとどまります。

現場で用いるものさし

研修の場では、目の前の対応がどちらの概念に属する話かを判断するための問いを共有しています。

「それがなければ、その人はそもそも参加・利用できなかったか」

この問いへの答えが「イエス」であれば、それはアクセシビリティの話です。担当者の裁量や、その日の繁忙度によって「ある日」と「ない日」が生じてはならない、事前の設計として仕組みに組み込まれるべき対象です。

答えが「ノー」――なくても参加は可能だったが、あった方がよりよい体験になった――というものであれば、それはホスピタリティーの話です。現場の裁量に委ねられる領域であり、柔軟さそのものが価値になる部分です。

まとめ

  • アクセシビリティは「そもそも参加できるか」という権利・基盤の概念であり、欠けている場合は排除が生じます。義務的性格が強く、法制度の裏づけを伴います。
  • ホスピタリティーは「どれだけ心地よく過ごせるか」という質・体験の概念であり、欠けていても参加そのものは妨げられません。任意的性格が強く、現場の裁量によります。
  • 両者は行為として連続しているため、また「おもてなし」という価値観に回収されやすいため、現場では混同されやすくなります。
  • 混同された結果、アクセシビリティが「余裕があるときにのみ行う特別対応」という位置づけに転じることが、最も避けるべき副作用です。
  • 公立文化施設にとって、アクセシビリティの欠如は施設の存在意義そのものに関わる問題であり、ホスピタリティーの充実によって代替できるものではありません。
  • 現場での判断には、「それがなければ参加・利用できなかったか」という問いが有効な基準となります。
  • アクセシビリティは特別対応ではなく、基本設計です。ホスピタリティーは、その基本設計の上に築かれる、施設ならではの付加価値です。